地場企業と共に“九州の宇宙産業”の発展へ、QPS研究所の挑戦

「創業者の先生たちが作ってきた宇宙産業が発展できる良い土壌がなくなってしまうのは絶対に良くない、その思いがすごく強かったんです」

そう話すのは、福岡で小型レーダー衛星の開発・運用に取り組む株式会社QPS研究所(以下QPS研究所)の代表取締役社長・大西俊輔さんです。もともと同社は2005年に有限会社として創業。九州大学名誉教授の八坂哲雄さんと桜井晃さん、そして三菱重工業株式会社のロケット開発者であった舩越国弘さんが「九州の地に宇宙産業を根差すこと」を目指して始めた会社です。

その想いを受け継いだ大西さんが2014年に代表に就任し、現在は投資家から30億円以上の資金も調達しながら、世界トップレベルの小型レーダー衛星の開発・運用を進めています。

もともとは研究室の学生だった大西さんがどのような背景からQPS研究所に参画し、今の形へと進化させていったのか。今回はドーガン・ベータ取締役パートナーの渡辺も交えながら(ドーガン・ベータでは2017年・2019年にQPS研究所へ出資)、大西さんにQPS研究所のこれまでと今後の挑戦について伺いました。

大西俊輔 (おおにし しゅんすけ)
株式会社QPS研究所 代表取締役社長 (CEO)
九州大学大学院工学府航空宇宙工学専攻修了 博士(工学)。
2008年 5月~2014年11月にQSAT-EOSプロジェクトリーダとして衛星開発、打ち上げを指揮。これまでに10以上の大学、企業、JAXAの衛星プロジェクトに参加している。
渡辺麗斗 (わたなべ れいと)
ドーガン・ベータ取締役パートナー
神戸大学経営学部市場科学分野専攻 学士(商学)。
大学在学中に「金融の地産地消」を実践するドーガンにインターンとして参画し後に入社。2017年にドーガン・ベータとして独立し現職。地域に根ざした投資を行いながら、スタートアップ・エコシステムの構築を目指す。

先生3人の有限会社に入社し社長就任へ

── 大西さんはもともと九州大学で小型人工衛星の研究をされていたと伺いました

大西 : 大学2年生の頃にシラバスを見ていて「人工衛星工学」という授業が目にとまったんです。人工衛星は工学として成り立ってるんだと。何となく難しくて誰がどのように作っているかがわからない物体というイメージだったのですが、工学という名前がついていたので「あ、これは学べば作れるんだ」という印象を持ちました。

もともと宇宙とものづくりが好きだったので、その2つを合わせた宇宙の工学を学びたいと思うようになり、研究室では人工衛星について学べるところを選びました。それがQPS研究所の創業者でもある八坂哲雄先生(現QPS研究所取締役/研究所長)が立ち上げられた研究室だったんです。

── それが後々QPS研究所に入社することにも繋がっていくわけですね

大西 : 研究室では小型の人工衛星を作っていまして、日本中のいろいろなプロジェクトにも参加させていただく機会がありました。そこで知ったのが、八坂先生たちは2000年当初から九州に宇宙産業を根付かせるべく、地場企業の方々と連携しながら大学の衛星プロジェクトを発展させることに取り組み続けてきたということです。

この十数年かけて構築してきた地場との強固な関係というのは、実は日本中を見てもすごく珍しい。私自身、唯一思い浮かんだのが北海道大学と植松電機さんの関わり方でした。共同でロケット(CAMUIロケット)を作っていらっしゃったのですが、大学生が「こういうものを作りたいです」と設計図を持っていくと、現場の職人さんがじゃあどうすれば作れるのかというのを熱心に指導議論されてものづくりをされているんですね。

その様子をたまたま側で見ていたので、そのような関係性があったからこそCAMUIロケットを作れたんだなと思いました。この例は大学と企業ですけど、九州の場合は複数の大学と企業の連合軍。独自の強みを持った地場企業の方がたくさんいらっしゃるんです。

そうした企業が当時は補助金などの衛星開発の資金がなかなかつかなかったので、情熱を持った人たちがみんなで議論しながらできる範囲の中で開発を続けてきました。こうした土壌がある中でもの作りができるのはすごいことですし、それを残していきたいと思うようになったんですね。

ちょうど私が大学院を卒業する頃には先輩や後輩も関東や他の地域で次の挑戦を始められていて、このままでは創業者の先生方の次を担う人がいなくなってしまう。せっかく良い体制があるのに潰えてしまうのはもったいないですし、この環境をベースに新しいものを作ってみたいと考え、QPS研究所への入社を決めました。

── 先生方が3人だけでやっている会社に飛び込むというのはなかなかチャレンジングですよね。

大西 : ものすごくいい土壌があったので、客観的に見てもそれがなくなるのは九州の宇宙産業にとって絶対良くないことだろうなという思いが強かったですね。もともと研究室が好きだったので会社の雰囲気も特に違和感はなかったですし。

あとは博士(工学)を持っているので、何かあったとしても大学の職につけるだろうという小さな担保もあって意思決定ができました。

── 入社時点でいずれは代表として引き継ぐことを前提とされていたわけですよね。代表になると経営にも時間を使っていくことになりますが、葛藤などなかったのでしょうか?

大西 : 2013年の10月に入社して、翌年の4月に代表に就任しています。もちろん「ものを作りたい」という欲求は今でも強いのですが、そのためにはまず「ものを作るチャンスを作っていかないといけない」と感じていたので、当時からどこかで事業を大きくするような挑戦が必要だと考えていました。その意味でもこの仕事をやめてもの作りだけをやっていたい、という感じにはなりませんでしたね。

先輩や後輩が九州に戻ってきたくなるほど、魅力的な事業を作りたい

── なるほど。そのような考えがあったからこそ、株式会社化やVCなどからの資金調達も進められたわけですね。

大西 : 当時から先輩方や各地にいる方々から仕事を頂いていたので、私1人と会社を維持すること自体は問題なくやれていました。

でも九州の土壌をもとに何か新しいものを作るということに挑戦したかったのに加えて、先輩方や後輩が九州に残ったり、戻ってこられるような環境を作りたいという思いがあって。本当は残りたいけれど、残る場所がないので渋々九州を離れる人もいることがわかっていたので、QPS研究所がそんな場所になれたら良いなと考えていたんです。

じゃあどんな場所なら戻ってきたいと思えるかといえば、やっぱり新しくて、なおかつ魅力的な事業になるようなものではないかと。そこで行き着いたのが、現在取り組んでいる小型のレーダー衛星(小型SAR衛星)でした。

ざっくり整理すると地球を観測する衛星にはレーダーとカメラを使ったものがあり、また、衛星には大きさの規模として大型・小型が存在します。その中でまだ誰も作っていなかったのが小型のレーダー衛星で、これを開発できるようになれば魅力的なプロジェクトになるんじゃないか、そのためには資金を集めてくる必要がありそうだと考えました。渡辺さんとお会いしたのも、まさにその頃だったんじゃないかな。

出資検討当時の説明資料の一部

渡辺: 過去のやりとりを見返していたら、2015年の3月にスタートアップカフェでイベントを開催していて、それが最初ですね。

印象的だったのが、めちゃくちゃいろんなプランを作っていたじゃないですか。小型レーダー衛星はもちろんのこと、人工衛星を作る人向けのMonotaROのようなECをやろうとか。

大西 : 確かに。結局は全くないものを作ろうということで小型のレーダー衛星になりましたが、いろいろなプランを話していましたよね。渡辺さんと会う前とかは、どう発展させるかというところの突破口が分かっていなくて、試行錯誤していたこともあったので。良いタイミングで出会えたのかなと思っています。

──  渡辺さんは当時の大西さんと何度かお話しされる中でどんな印象を持たれていましたか?

渡辺:  実は一番最初に会ったときから、いまでもECは可能性があるんじゃないかと思っているんです(笑)。でも大西さんが言われたように「ないものを作っていきたい」会社なんだろうなという印象が当時からあって。だからこそ、そのためにはどうしたら良いんだろうというスタートから始まって、「VCという存在を上手く使えそう」とか「足りないパーツがあるよね」みたいな議論をしていましたよね。

大西: そうですね。後にQPS研究所の副社長になる市來さんも、その過程で渡辺さんが引き合わせてくれて。すごくありがたかったです。

当初は「100社に当たっても全然ダメだった」シリーズA

──  まさにその市來さんがQPS研究所のキーパーソンになったというお話を事前に耳にしていて、気になっていました。

大西: 市來さんは弊社に入社する前は産業革新機構にいらっしゃって、もともとは起業家と投資家として出会いました。

当時、私は小型のレーダー衛星があれば昼夜問わず、天候問わず観測地点の様子を撮影できるようになるので、これを実現したいという話をしていたんですね。それを聞いた市來さんはそれをビジネスとして成立させていくという観点で、今、QPS研究所が目指しているように複数機を上げてリアルタイムに観測できるシステムができれば革新的なんじゃないかと。

地上ではリアルタイムに収集したさまざまなデータを解析して、将来予測につなげていく事業がいろいろな領域で出てきていますよね。じゃあ、そこに宇宙レベルのデータが加わればさらに大きな可能性があるはずで、その観点から小型レーダー衛星の構想は面白いと議論が発展していきました。

技術系の集団だったQPS研究所に事業開発ができる市來さんが加わったことで、今までにないもので、なおかつ事業としても発展できるモデルが磨かれていったというイメージですかね。

──  市來さんが入られたのは渡辺さんがきっかけなんですか?

渡辺 :  QPS研究所はめちゃくちゃ面白いし、大西さんと何か一緒にやりたいなと思っていた反面、僕たちのファンドサイズから考えると少額でも始められるビジネスに落ち着いてしまうかもしれないという懸念がありました。

でも大西さんがやりたいのはそんなことではないと確信した頃から、これは僕たちだけで支えきれるものではないなと。そこで以前ドーガンならびにド―ガンの投資先の社長として一緒に働いていたことがあり、僕自身も親しくて面倒を見てもらっていた市來さんをご紹介したんです。前職を離れてVCになられたのは聞いていましたし、(産業革新機構が)官製のファンドということもあり、仲間になってもらうことができれば心強いなって。

最初の半年ほどは投資家としてQPS研究所が投資に値するかどうかをひたすら一緒にディスカッションしていました。市來さん、大西さん、渡辺の3人を中心に、時には八坂先生にも加わってもらいながら天神のオフィスに何度か集まって話をしましたよね。

大西 :  市來さんからは、資金調達を担ったり、事業モデルを作ったりできるビジネスサイドの人材を採用してくださいとずっと言われていたのですが、なかなか良い人が見つからず半年ほど苦戦していました。それで最終的に「市來さんがQPS研究所にきてもらえませんか」という話をして、ジョイン頂いたという経緯です。

──  投資家としてではなく、役員として入社してしまったわけですよね。なかなかすごい意思決定ですね。その後でドーガン・ベータも含めて、シリーズAでいきなり数社から総額23.5億円を調達されたと。

大西: 「当初は投資家の皆さんになかなか伝わらなかったです。そもそも「レーダー衛星って何?」というところから説明する必要があり、100社以上は周ったと思うのですが全然ダメで。最初は本当に大変でした。

それで市來さんが「じゃあ、シリコンバレーに行こう」と。2016年の10月なんですが、現地へいってみるとトップティアのVCさんたちやGoogleの衛星事業の責任者、宇宙ベンチャーの役員等が会いたいと興味を示してくれたんです。

向こうは小型レーダー衛星がこれから来るというのは分かっていて、それをまさに今やろうという段階。だから質問の内容も技術的にとても専門的で、レーダー衛星の運用方法やスペックなど深いところも訊かれて、「この領域がすごく注目されているんだな」ということが良く分かりました。渡米前は多くの日本の事業会社や投資家に断られて落ち込んでいましたが、シリコンバレーのVCや役員たちからは「必ずSARの時代は来るから、やり続けなさい」と励ましてもらって、それでもう少し頑張ってみようという気持ちで帰国しました。

そしたら、帰国直後の2016年11月に、アメリカのカペラスペース(Capella Space)という小型レーダー衛星を開発しているベンチャーが資金調達を発表したんです。そこから風向きが変わり、日本の投資家の方々もQPS研究所に興味を示してくださるようになり、一気に進んだ形ですね。

市來さんが加わり「天候、昼夜問わず地表を精細に観測できるこの衛星を複数機使うことで、ほぼいつでも世界中を観測できるリアルタイムマップのある世界を実現します」という伝え方ができるようになりました。いろいろな業界に対して価値があるデータを取得できるので、さまざまな場面で使われる可能性があると示せるようになったことで、技術だけでなく事業モデルも評価いただき、シリーズAを達成できたと思っています。

渡辺: 大西さんが当時から話していた通り、カメラ(光学センサ)・レーダー、  大型・小型という分け方をした場合、明らかに小型レーダー衛星の領域が空いていて大きな可能性があると思っていました。だからどんな形であれ、QPS研究所は応援したいと決めていて。

2016年はもう私は具体的な話はお二人とほとんどしていないんじゃないかなと思いますね。どちらかというと大西さん・市來さんが大きな投資家を口説くフェーズになっていたので。

地場企業とともに九州の宇宙産業発展へ、QPS研究所のこれから

──  資金調達も経て、2019年12月には小型SAR衛星1号機「イザナギ」、2021年1月には2号機「イザナミ」の打ち上げに成功するなど事業も大きく前進していますね。

大西: 直近では5月に小型のレーダー衛星で1m以下の高分解能のデータを提供できるというところを見せることもできました(分解能70cmの画像取得に成功)。また、それを機に衛星データビジネスの本格化に向けて、6月にはJAXAと九州電力との連携を発表しました。振り返ると、19年12月に1号機の打ち上げを実行できたところが大きかったと思っています。

シリーズAの資金調達をしてから1年で衛星を開発して、そこからロケットの打ち上げの延期で少し時間は伸びましたがトータル約2年で打ち上げるところまでいけた。1号機はインドで打ち上げたのですが、実は新型コロナウイルスの感染の影響が出る直前のロケットで、その後はインドではロケットがしばらく打ち上がっていなかったので本当にギリギリのタイミングでした。

あそこで間に合ったからこそ、そこで得られた知見を踏まえて今年の1月に2号機を打ち上げ、1ヶ月ちょっとで画像取得するところまで辿り着けた。改善点はあったにせよ、スピード感を持って実行できたことは良かったです。なにせ世界の小型レーダー衛星を打ち上げているベンチャーはすごいスピードでやっているので。(19年に1号機の打ち上げができていなければ)すごく遅れを取っていた可能性もあったんじゃないかなと思います。

──  大西さんが最初に話されていたように、衛星の開発は約20社の九州の地場のパートナー企業と一緒に取り組まれました。

大西: ないものをつくるという中で、もちろん私も設計者であり、いろいろなアイデアを思いつくことはできます。でもそれを最終的に製品にする、形を作る高い技術を地場企業の方々がお持ちで、そこを私たちが補填することは不可能だと思っています。1つ1つの部品ごとに領域も異なりますから。

だから地場企業の方々と一緒にものを作る体制はQPS研究所の事業と切っても切り離せない関係であり、1つの企業体としてやっているような感覚で捉えています。実際に「これを作ってください」と丸投げするのではなく、「こういうものを作りたいのですが、どうやるのが良いですかね?」と相談の段階から一緒にやっているので。

──  そういうパートナーが1社じゃなくて、20社以上いるというのが面白いですね。

大西: そうですね。しかも皆さん、自分が作っている部品に限らず衛星全体としてどうなっているのかを分かっていらっしゃるのが心強いんです。そのネジが衛星のどの部分で使われるかを知っているから、それを踏まえて「ちょっと材質を変えてみましたよ」という話をしてくれます。

──  QPS研究所としては今後どんなことに取り組んでいく計画ですか?

大西:  会社としては、2025年以降を目標に36機の衛星を打ち上げてコンステレーションを組み、約10分ごとの準リアルタイム地上観測データサービスを提供することを目指しています。

そのためには、まず36機を打ち上げる必要があるのですが、それに挑戦するのが次の3号機の打ち上げからなんですよ。そこからようやくコンステレーションといって多数の衛星を打ち上げていく体制を整えていくのですが、その3〜6号機の打ち上げは来年を予定しているので、まずはそこがスタート。早く36機を打ち上げてリアルタイムのデータ提供につなげていきたいと考えています。

そして、そうなると次のフェーズではその衛星データを使っていただくというところになる。基本的に弊社の強みは衛星を作ってデータを提供するところまでで、そのデータを解析したりなどは他の企業の方々と連携していくことになります。

福岡にはIoTからデータを吸い上げて、それを活用することに優れた企業や、そこに興味を持ってくださる企業がいくつもあると思うんです。つまりQPS研究所が地場企業の皆さんと一緒にハードの面からデータを取得できる仕組みを作ることができれば、今度はソフトとしてそのデータを活用する企業の方々が伸びてくる。もちろん世界中で使ってもらうことを目指しますが、その一環として九州という地域の中で完結できるようになればとも思います。

36機の衛星によるコンステレーションを作っていけば地場企業の皆さんも継続的に製作に取り組めますし、データを解析する企業の人たちにも新たな活躍の場が生まれますから。

渡辺 : お話を聞いてて思ったのは、最初の頃はどちらかといえば「守る」というイメージが強かったように感じていました。QPS研究所という会社を守る、そして、九州の地場産業を守るために宇宙産業を根付かせたいという。

でも今は守るよりも、そこから新たな産業を「作り出す」という方向に大西さんの思いも変化していっているような気がするんです。

大西: おっしゃる通りですね。「次の産業は何か?」と言われた時に、なかなかパッと出てくるものって少ないじゃないですか。その中で宇宙は長い目でみてもさらに成長し続ける産業であると思いますし、九州にはこの産業で世界で戦えるような土壌があった。逆にここで踏ん張っていかないと、これから落ち続けてしまうだろうなという危機感もあるので。

渡辺 : 九州に限った話というよりも日本全体で、ということですよね。その反面、民間でできる領域も増えてきた感覚があり、宇宙開発産業と呼ばれる領域には民間の可能性がまだまだあるような気もしていて。九州からそういうところにもチャレンジしていけると良いですよね。

大西: そうですね。民間の宇宙ベンチャーも幅広く活躍し始めていて、国の政策に関わるものを密接に連携をとりながらやっていったりするところや、また、さらには、新しいものを追求していくところなど、今後、宇宙産業の発展のために色々な方向性が取れると思います。

その意味でもまずは九州の宇宙産業をさらに発展させられるように、QPS研究所としても現在の小型SAR衛星の事業に着実に取り組んでいきたいと思っています。

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