若い世代が育たなければ地方のベンチャーエコシステムは終わってしまう ──「スタートアップを知らなかった大学生」が福岡のVCに入社するまで

ドーガン・ベータに在籍する4名のキャピタリストの中では唯一の20代であり、チーム最年少メンバーの赤瀬太郎。2020年に学生インターンとして参画し、2021年4月より九州大学に籍をおきながら正社員として活動してきました。

そんな赤瀬ですが、実は大学に入学するまでは「ベンチャーキャピタルどころか、スタートアップという言葉すら知らなかった」そうです。

福岡ソフトバンクホークスが好きで、ドームに近い国立大学だからという理由で九州大学への進学を志した彼が、「これからの10年間で『九州スタートアップ界隈に1番影響を与えた人』になりたい」という目標を掲げてキャピタリストの道を選ぶまでにはどのような心境の変化があったのか。本人に聞いてみました。

赤瀬太郎(あかせ たろう)Twitter
地域に根ざしたスタートアップ支援の可能性に共感し2020年インターンとして参画。2021年4月より現職。ファンド投資先のソーシングから投資検討、市場調査、投資実行まで全ての業務に従事している。九州大学の起業部を2年間運営するなど、地方学生×スタートアップの文脈での活動も行う。ジェネレーションZ。
福岡県遠賀郡出身 九州大学経済学部卒

田舎出身の大学生がスタートアップに出会うまで


──  赤瀬さんがスタートアップやベンチャーキャピタルに興味を持つようになったきっかけから伺いたいのですが、実はけっこう最近のことだとか。

赤瀬 :  大学に入学した後からなので3〜4年前くらいですね。高校生まではスタートアップという言葉すら知りませんでした。福岡の遠賀町という田舎出身で家族に経営者がいるわけでもないので、起業やスタートアップとも接点がなかったんです。
九州大学を目指したのも小さい時からホークスのファンで、ドームに近い国立大学の九州大学が狙えそうな学力があったから。そのくらいのテンションでした。

──  それが大学に入ってから徐々に変わっていったわけですね

赤瀬 :  大学に入って面白いことをやってみたいという気持ちはあって、たまたま起業部に入部したことが大きかったと思います。4年生の先輩の中に研究開発型の事業案を考えている方がいて、1年目はその人を中心にチームを組んで複数のビジコンに出ていました。「ビジコン芸人」みたいな感じですね(笑)

具体的に上場やVCからの資金調達を目指していたわけではなかったのですが、自分たちでピッチ資料を作ったり、プレゼンをしたり、企業の方々と話をしたり。自分にとっては社会と始めて接点ができて、いろいろな方と話をするのがとにかく楽しかったんですよね。

当時はちょうどFukuoka Growth Next(FGN)が積極的にイベントなども開催されていたので、起業家やVCの方に会う機会もありました。その時に「こういう世界もあるんだな」と。スタートアップの存在を知って、興味を持つようになったのはその頃からです。

──  スタートアップに関心を持ち始めてからはどんなことをされていたんですか?

赤瀬 :  最初はスタートアップファイナンスの本やVCの方が作られた有名なスライドなどを読み漁ってみる、FGNのイベントにひたすら参加してみるといったかたちで、とにかく手当たり次第に情報をキャッチアップしていました

「スタートアップに関わりたい」「こういう人たちと一緒に働きたい」という思いがある一方で、「今の自分では対等な立場で話をすることができない」ということも感じていて。自分なりの価値を見い出して、認めてもらえるようにならなければという焦りがあったんだと思います。

当時から福岡では少しずつスタートアップ環境が整い始めていました。起業している大人の人がいて、スタートアップに触れる機会も増えていました。結果として一部の学生がスタートアップと接点を持つようになってはいたのですが、次第に熱量が薄れてスッと消えてしまう人も多く、反対に意欲がある人は休学して東京へ行ってしまうことも多く、福岡に残っている人が少なかったんです。

東京の界隈の方からも「東京に行かないと話にならないよね」と言われたこともあったのですが、僕自身は「本当にそうなのかな」と懐疑的でした。それでも東京などに比べると福岡では成長環境やインターンができる場所も少ないのは事実で、場数を踏まなければ一生追いつくことができません。

とにかく福岡にいながらも、もっと成長しないといけない。当時は成長の呪縛に囚われていて、そのためにインターンをしようと考えました。

──  インターン先は最初からVCに決めていたんですか?

赤瀬 : いえ、 VCに決めていたわけではなくスタートアップも含めて迷っていました。
というのも、その頃はキャピタリストになりたいと思っていたわけではなかったんです。あくまで「自分がどれだけ成長できそうか」が重要だったので。

ドーガン・ベータは当時インターン生がいなかったことから、誰もいないところに飛び込んでいけばいろいろなチャンスがあると思いましたし、型が決まっていなくて自由度が高そうだとも感じました。実際に林さん(代表取締役パートナーの林龍平)や麗斗さん(取締役パートナーの渡辺麗斗)と話をしてみてこの環境でチャレンジしてみたいなと思い、大学3年生になった2020年の春からインターンとして働かせてもらうようになりました。

「これからの地方をどうしていくか」を考えるように

── 最初からキャピタリストとしてのキャリアを目指していたわけではなかったんですね。実際にインターンを始めてから心境の変化などはありましたか?

赤瀬 :  1番変わったのが、自分のことを考えなくなっていったことです。具体的にはドーガン・ベータで活動する中で、自分の成長よりも「地方をどうしていくか」をより考えるようになった。思考のベクトルが変わったんです。

ちょうど3年生になったタイミングで九大の起業部を運営する立場になったこともあり、さまざまな学生と話をする機会が増えたことも影響していると思います。セミナーやアクセラレータプログラムのような取り組みも始めて、この2年間で同世代の学生と数百回くらい面談をしてきました。

そこで強く感じたのが、今でも「スタートアップという選択肢が全然知られていない」ということ。そして「地方にはその選択肢を知る機会があまりに限られている」ということです。

起業部に入部を希望してくれるような人にもスタートアップの存在が十分には知られていない。ましてやインターンなどを経験している人はほんのわずかという状況です。まずは若い世代の人たちにスタートアップの存在を知ってもらい、将来の選択肢を増やしていくことが不可欠だと思いました。

先ほども少し話したように、近年福岡ではスタートアップの環境が徐々に整ってきています。自分から探せば、実はたくさんの先輩の起業家がいて、VCやスタートアップを支援する人たちもいる。そういった人たちに、すぐに会えるようにもなりました。

でも、たとえば2006年に立ち上げた最初のファンドの投資先の方々は、エコシステムが未成熟な状態の中で挑戦をされてきた。そのような先輩たちのおかげで今の土壌があります。

今まで先輩起業家の方々や林さん、麗斗さんたちがやってきたことを、今度は自分も含む次の世代がしっかりと受け継ぎ、前に進めていかないといけない。「イケてる若い世代」がその場所にい続けなければ、せっかく整い始めた福岡や九州のスタートアップ環境も終わってしまうと思うんです。

──   それが赤瀬さんがこれからドーガン・ベータでチャレンジしたいことにもつながっていくわけですね。

赤瀬 :   そうですね。明らかにスタートアップに関わっていく選択肢が足りていないと感じているので、そこを変えていきたいです。自分自身、福岡に対する地元愛もありますし、大学入学を機に田舎から出てきて、たまたまスタートアップに出会って、今ではVCで働くようになりました。そういう意味では自分も1つのモデルになりうるかなと思うんです

キャピタリストとしての価値に関しては、地方で活動していることとはまた別の話で、他VCさんとの相対比較になると思います。全国的に見ても影響力を持っている人が地方にいたまま育った、という事例が生まれれば、地方の若者たちの選択肢も変わってくるはずです。

エコシステム形成という観点で考えても、スタートアップを正しく伝えることは重要だと思っています。例えば、学生時代にスタートアップの人と関わった経験を経て、大企業に就職したり会計士になったり。そういう人が増えてきているのは、後々エコシステムにとって大きな価値になるだろうと信じています。

そのような挑戦をこれから福岡や九州で続けていく上で、VCという仕事は理にかなっていると感じるようにもなりました。

短期的な目線ではなく、約10年のスパンで起業家や地域と向き合いながら、試行錯誤をしていく。地方を盛り上げていくには「イケてる若い世代」が常にその場所に存在している必要があると思うのですが、VCであればスタートアップと違って、事業の加速のために上京する必要もありません。もちろん投資業務がメインにはなりますが、それ以外でもVCとしてやれることはあると考えています。

特に「スタートアップへの投資を通じて、地方経済のベンチャーエコシステムの確立や活性化に貢献する」というドーガン・ベータの考えは、自分がやりたいこととも一致していました。ドーガン・ベータでなければ、キャピタリストという仕事は選んでなかったかもしれません。

これから10年間で「九州スタートアップ界隈に1番影響を与えた人」を目指す

──   この春からキャピタリストとして2年目に入ります。改めて、どんなキャピタリストを目指していきたいと考えていますか?

赤瀬 :    スタートアップもベンチャー投資も、結局はよりよい世界にするための手段だと思っています。僕らシード投資家の仕事は「なんとなくいい世界になるだろう」という状態から伴走すること。起業家自身が言語化できていない、外から見ると一見ふわふわした物体を一緒に練って色をつけて、というようなことをするのが醍醐味なのかなとこの2年を通じて感じるようになりました。

実際にベンチャーキャピタリストとして活動する中で、そういったことが僕に求められているのではないかとなんとなく分かってきましたし、そこに価値を感じて選んでもらえたら嬉しいです。

あと、強みになるかどうかは分かりませんが「エリートじゃないこと」が僕の1つの特徴だと思っています。遠賀町という田舎で育ち、「IT?なにそれ」といった感じで、毎日ボールと虫ばかり追いかけていました。

公立の学校にしか通ったことがないし、塾にも行ったことがない。だからこそ世界のマジョリティが見えている気もしていて。世界には都会育ちの人やITリテラシーの高い人ばかりがいるわけではないので、他の投資家に見えないようなインサイトに共感できることもあると思います。正直なところまだまだ引け目を感じることはありますが、だからこそ等身大で人と接することができる面もあるのかなと。

もともとインターン生時代は、SNSなどで自分がドーガン・ベータのインターン生であることを積極的には発信してこなかったんです。それは安易に会社に頼りたくないというか、「会社の名刺を持つことで甘えが生じてしまうのではないか」という変なプライドがありました。

でもドーガン・ベータでインターンをしてきた中で、だんだんと「むしろ自分がドーガン・ベータを背負って立つくらいの気持ちでやっていかないといけない」と考えるようになって。その意思を表明する意味でも、昨年4月に正式に入社させてくださいと直談判をした経緯があります。

これまでの十数年、多くのスタートアップ関係者がエコシステムの土壌をつくってきました。そしてそれが結果として出始める時期に差し掛かってきています。だけど確実に、僕らのような若い世代が続いてこないとどこかで限界が来てしまう。

キャピタリストとして、よりよい世界への仮説をスタートアップ文脈で考えて検証し続ける。結果として10年後「この10年で九州スタートアップ界隈に1番影響を与えた人」になってればいいなと思うし、目指したいと思っています。

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