長崎発・福祉ITスタートアップ起業家 上場企業に10億円Exitまでの道のり

2020年12月18日、障害者向け就労支援事業や子ども向けの教育事業を展開するLITALICOが、とあるITスタートアップを10.5億円で完全子会社化するという発表を行いました。

そのスタートアップの名は福祉ソフト。「かんたん請求ソフト」という障害福祉施設向けのSaaSを手掛ける、2003年に長崎・佐世保で産声を上げた今年で創業18年目を迎えるIT企業です。

福祉ソフトは創業者で元代表取締役の髙本智德さん(売却後に退任)が長らく自己資金だけで経営してきた会社であり、ドーガン・ベータは同社にとって唯一の外部投資家として2016年に2000万円を出資しています。

今回は髙本さん、そしてドーガン・ベータ代表取締役パートナーの林龍平に福祉ソフトの創業からM&Aに至るまでの道筋を振り返ってもらいました。

髙本智德
福祉ソフト創業者兼元代表取締役
1994年佐世保高専卒業後、プログラマーとしてIT企業や社会福祉法人での職務経験を経て、2003年に福祉ソフトを創業。障がい者事業所用報酬請求ソフト「かんたん請求ソフト」、ホームヘルプ事業所用介護ソフト「かんたん介護ソフト」を開発、約3,000社の導入実績を積み上げ、2021年同社株式をLITALICOへ売却。
林龍平
ドーガン・ベータ 代表取締役パートナー
住友銀行・シティバンクを経て2005年よりドーガンで地域特化型ベンチャーキャピタルの立ち上げに携わり、累計5本・総額50億円超のファンドを運営。2017年にドーガンよりVC部門を分社化したドーガン・ベータ設立し代表就任。2019年より日本ベンチャーキャピタル協会 理事 地方創生部会長を務める。

福祉施設での仕事をきっかけに現場の課題を痛感

── 福祉ソフトは2003年の創業ということで、実は事業を始めてから20年近く経つ会社なんですよね。創業の背景から教えていただけますか?

髙本 :  そうなんですよ。起業したのは私が30歳の時。もともとコンピュータが好きで、小さい会社でエンジニアをやっていて。医療機関向けの診療報酬を請求するソフトなどを作っていました。その会社を離れるタイミングで、高専時代の先生のところに就職先の相談へ行ったんですね。そこで紹介されたのが福祉施設だった。

最初はITが好きなのに「福祉施設?」と思ったんですが、どうもITに詳しい人を探しているということでホームページや印刷物を作ったり、ITのトラブルがあった時にサポートしたりするところからスタートしたんです。

── かんたん請求ソフトのようなサービスを最初から展開していたわけではなかったんですね

髙本 :  まさにその仕事を通じて、IT×福祉の領域で起業をするのがいいのではないかと考えたのが2003年でした。かんたん請求ソフトは福祉施設向けの介護報酬の請求を簡単にするサービスですが、当時その仕事はすべて“紙”だったんです。事務員さんたちが自分で計算して、書類を手作業で作るのが当たり前でした。

でもそれを知らない私からすると「なんで手作業でやっているのかな」と感じてしまって。コンピュータが得意だったこともあり、試しに作業を簡単にするためのプログラムを作ってあげたところ、ものすごく喜んでもらえたんです。

── そこでユーザーとなる福祉施設の方達の課題と、その解決策となるプロダクトの原型が生まれたんですね

髙本 :  もともとは措置制度といって、障害者の方は自分が利用する障害福祉施設を選べなかった。ただ支援費制度ができて利用者と施設が自由に契約できるようになったり、障害者自立支援法が制定されたりなど、法制度が変わることで福祉業界自体も変わる時期だったんです。

それとともに少しずつ電子請求が普及し始めたこともあって、事業を始めたタイミングもすごく良かった。

── 最初から順調に顧客を獲得できたんですか?

髙本 :  いえ、最初はすごく苦労しました。パソコンを販売したり、LANの工事をサポートしたり、ホームページを作ったりといろいろしながら食いつないでいたというのが実態です。

サービス自体も最初は売り切り型でやっていたのですが、何十万円という料金では全く売れない。これはダメだと思って、今でいうサブスクリプション型のSaaSのような形にピボットしたんです。そこからかなり顧客の反応が変わりました。

自己資金のみで地道に成長、2016年にドーガン・ベータと出会う

── 髙本さんと林さんの出会いについては、そこから随分と後になるんですよね

林 : 出資させていただいたのが2016年で、出会ったのはその少し前ですね。すでに顧客が2000社近くになっていた上に、解約がほとんどない状態だったのをよく覚えています。

髙本 :  ちょうど軌道に乗ってお客さんが増え始めていた時期で、解約も月次で0.5%くらい。

── どのようなきっかけで知り合ったんですか?

林 : 最初はトーマツさんに紹介いただいたんじゃなかったかな。

髙本 :  それ以前からIPOを見据えていたので、トーマツさんに経営のアドバイスを頼んでいました。その担当者さんからドーガン・ベータに紹介があったんじゃないかなと思います。

林 : もちろん介護の市場が今後伸びるという話もあったんですけど、それ以上に印象的だったのが長崎という地で、誰の力も借りずに自力で事業を伸ばしていらっしゃったことでした。

当時ちょうど長崎の十八銀行がふくおかフィナンシャルグループと経営統合し、上場廃止になるのではないかという話が出始めた時だったんです。それが実現すると、結果的に長崎を本社とした上場企業がゼロになる。それぐらいベンチャー企業が育ちにくい土壌であり、僕たちにとっても長崎は空白地で投資先もなかった。でも、その中で髙本さんという起業家がいると聞いて純粋に驚きました。

ぜひ一度お会いしたいですとトーマツの担当者の方にお願いをして実際に髙本さんのお話を聞いてみると、やっぱりすごいなと感銘を受けて。社内のメンバーにも「長崎でやっているのすごくないですか?」と興奮しながら話をした記憶があります。

── 髙本さんにとっては結果的にドーガン・ベータが後にも先にも唯一の外部投資家になりましたよね。最初に林さんにあった時の印象はどうでしたか?

髙本 :  そもそもベンチャーキャピタルって言葉も知らなかったので、最初は正直怖いイメージがありました(笑)。

加えて、ストレートな表現をするとお金に困っていたわけでもなかったんです。SaaSなので在庫もないし、事業が伸びてきている中で金融機関も融資をしてくれるような状況で。ずっと自己資金でやっていたこともあり、(外部の投資家から)出資を受けて株式を発行することに抵抗感もありました。

林 : 凄く堅実な方という印象で、僕のことも警戒されているだろうなとは思っていて。トーマツさんから紹介いただくことで、少なくともハゲタカファンドのようなものとは違うということをわかっていただけるといいなと思っていました。

最初にしっかりとお話をした際はせっかく佐世保に行ったのでということで出資の話もしたかもしれませんが、それよりも事業の悩みや方向性についてディスカッションをしました。いわゆるレバレッジをかけるというか、入り口となるリードを増やせればもっと事業の成長スピードを伸ばせるのではないかと。その中でもしお金が必要だよねという結論になれば、その時は「是非相談してください」といった話をした覚えがあります。

髙本 :   林さんと話ししてみると思っていた以上に穏やかな方で「VCってこういう人もいるんだな」と少し安心したというか、僕にとってのVCのイメージがすごい変わったきっかけだったとは思います(笑)。

創業から13年、最初で最後の外部調達を決めた理由

── 当初は出資を受けることに抵抗があったというお話でしたが、髙本さんの心が動いた理由は何だったのですか?

髙本 :  実際はなんだかんだで最初に会ってから投資を受けるまでに半年間くらいかかって、そのくらい自分の中でも相当悩みました。

ただ「日本の福祉をもっと良くしたい」という思いでずっと経営してきた中で、それに向けた1つの目標として上場を掲げていて。本気で上場を目指していく上では、ドーガン・ベータから出資を受けて「一緒に心中する」とは言わないけれど、そのくらいの強い気持ちを持って一緒にやっていくのが良さそうだと判断したのが理由です。

── 実際に出資を受けてみて何か変化はありましたか?

髙本 :  ドーガン・ベータの投資先などを対象とした勉強会が定期的に開催されていて、それがすごく良かったです。IPOに関連するものなども含めて、毎月のようにやっていたんじゃないかな。

林 : 当時僕らとしても「福岡のスタートアップ・エコシステム」を作るにあたり、そもそも起業家が集まるような場所やコミュニティがないことを課題に感じていて。東京からキャピタリストやIPO・M&Aを経験した起業家が福岡に来る際には、何かにつけて「アントレサミット」といって勉強会をやっていました。髙本さんは毎回佐世保から参加していただいて、ほぼ皆勤賞だったと思いますね。

髙本 :  長崎にはそういった起業家の集まる機会がなかったので。福岡を中心にドーガン・ベータの出資先の起業家が集まっていていい機会でした。自分も負けたくないというか、「早く皆さんに追いつかないと」と刺激を受けたというのが1番強いですね。とにかく必死だった。

当時のアントレサミットの様子

── 出資を受けた後の林さんの印象はどうでしょう?

髙本 :  良い相談相手、ですかね。定期的に経営会議のようなものをやってはいましたが、ものすごく頻繁にコミュニケーションを取っていたというわけではないと思います。ただ、M&Aの件も含めて、何か相談すると親身になって聞いてもらえるという安心感はありました。

長崎発・福祉ITスタートアップ、約10億円M&Aの舞台裏

── もともとドーガン・ベータから出資を受けたのも、その先のIPOも見据えた判断だったというお話がありました。そこから高本さんの中でM&Aという選択肢が出てきたのはいつくらいだったのでしょう?

髙本 :  それが本当に直前だったんです。2020年の9月〜10月くらい。それまでもドーガン・ベータから出資を受けて以降は仲介会社経由などで、毎年数件ほどコンスタントに打診があったのですがIPOしか頭になかったので全部お断りしてました。

── LITALICOの場合はそれまでと何かが違った、と

林 : 最初にLITALICOのCFOの辻さんから私の方に連絡があったんです。もともと知り合いだったこともあって。

彼らの顧客となる障害福祉施設向けの事業に関わるような周辺領域をどんどん深掘りしたいという話が社内で出た中で、M&Aや協業候補先として福祉ソフトの名前が出たそうなんですね。

それで調べてみると、どうやらLITALICO自身が経営している障害福祉施設の運営チームがすでにかんたん請求ソフトのユーザーであると。現場から「このサービスは使いやすい」という話が出たので、自分たちもこの領域でチャレンジするなら福祉ソフトと一緒にやるのが良いという判断をされたそうです。そこで株主であった私に連絡をいただいたという流れですね。

髙本 : 最初は確か資本提携の話でしたかね。林さんからLITALICOという名前を聞いて、「あぁ、お客さんですよ」と。印象的だったのが初回から代表の長谷川さんと取締役CFOの辻さんが2人で佐世保までいらっしゃったんです。それにはびっくりしました。

── そこでお話をされて、M&Aもありだなと思われたんですか?

髙本 : いえ、まだその時点ではそこまで気持ちが動いていたわけではなかった。話だけでも聞いてみようかなくらいの感じです。M&Aという選択肢もありだなという気持ちが芽生えたのは、話を重ねていく中で少しずつですね。

── 最終的に意思決定をされた際の決め手は何だったのでしょう?

髙本 : 特に大きいのは2つでした。1つは率直に言って条件です。当時の売上や利益などを踏まえても、福祉ソフトの企業価値を大きく評価していただけたなと感じました。

もう1つは先ほども言った通り「日本の福祉をもっと良くしたい」と必死に会社をやってきたわけですが、LITALICOであればその思いを実現してくれるはずだという気持ちになれたことです。同じ福祉業界ということでシナジーもありますが、長谷川さん達と話をする中でもその思いが伝わってきたので。

買収時に公表された財務数値

── 外部調達の際も迷われたとのことでしたので、今回はそれ以上だったのでは?

髙本 : もう間違いなく人生の中で一番迷いましたね。株を手放すこともそうですが、社員のこととかお客さんのこととか。大げさではなく、食事が喉を通らないぐらいでした。

やっぱり相談できる相手が周りにいないんですよね。相談したのは林さんだけだったかもしれない。社員にも家族にも言わなかったので。それでも結局は、自分の中で悩んで悩んで決断しました。

── 林さんは数少ない当時の状況を知るうちの1人だったわけですね。

林 : 僕としては最終的に決めるのは髙本さんであるという前提でありつつ、もし髙本さんが意思決定をする上で迷っている要因があって、その中で一緒に解決できるものについては一株主として力になりたいなと思っていました。

1つ覚えているエピソードとしては「じゃあ仮に株を売ったとしてその後どうするんだろう」と高本さんが悩まれていて。「それなら実際に経験がある人に聞いてみるとヒントが得られるかもしれませんよ」と、アラタナの元取締役で同社の売却にも携わっていた土屋有さんをご紹介して、一緒に宮崎まで話を聞きにいったんですよね。

髙本 :  そうそう。それは個人的には大きかったです。17年間会社のことだけをかけて全力でやってきて、その会社を売却してしまったらどうしようかと。何もやりたいこともないわけですよ。

それを土屋さんに相談したら「それは当たり前ですよ」って言ってくれて。些細なことに感じるかもしれないけれど、当時の僕に取っては「あー、それが普通なんだ。そんなものなんだ」と救われた気分になりました。

林 : あの後で食べたうどんが美味しかったですよね(笑)。宮崎市にある織田薪というお店で。

髙本 : 近々宮崎に行くんですけど、また食べたいです(笑)。

地元長崎で次の起業家のサポートへ

── 髙本さん自身はすでに代表を退任されて、バトンタッチされているんですよね

髙本 :  それは1番最初にお会いした時から話していました。自分の性格なども踏まえると、議決権がない状態で社長として経営をやっていても長くは続かない気がしたんです。遅かれ早かれ辞めることになるのであれば、M&Aのタイミングでお任せするのが会社の今後を考えても1番良いだろうと。

── 今度はどうされるんですか?

髙本 : 小さい会社ではあったけど、ゼロから起業して事業を大きくして、それを上場企業に売却したという経験はなかなか貴重なものだとは思うんです。起業家の悩みや苦しみも知っているつもりなので、過去の実体験を基にこれから起業する人のサポートをしていきたい。今後も長崎に居ながら、地元を中心に九州でそういうことをやれたらと考えています。今年(2021年)の1月には、スタートアップサポート株式会社という会社を、佐世保に設立しました。

── 九州でスタートアップのエコシステムを作っていくという観点で、林さんとの間ではドーガン・ベータのファンドへLPとして出資することも検討いただいているとか

髙本 :  今から具体的な話をするところです(笑)ただ僕としてもやっぱり投資してもらったから今の自分があるし、恩返しという意味でも何か還元できたらという思いはあります

後日、β2020ファンドヘ1億円のご出資をいただくことが正式に決まりました

── もう一度ご自身でスタートアップを立ち上げられる可能性もありますか?

髙本 :  実は半分ぐらいそういう気持ちもあるんですよね。今年で48歳になるんですけど、そういう気力が保てればやりたい。起業の大変さもわかっているからこそ、悩んでいます。ただ自分が起業をするかはさておき、何かしら挑戦は続けていきたいです。

── 髙本さん、今回はお忙しいところありがとうございました!

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