「徹底的な現場主義」カーブアウトから始まった沖縄発スタートアップ 成長の軌跡

”機械学習とIoTの技術融合で、現場の仕事をラクにする”をミッションに掲げ、IoT・AIを活用したサービスを提供しているLiLz(リルズ)株式会社。

大規模なビルや工場等には、設備の状態を示す多くのアナログメーターが取り付けられていますが、それらを点検者が日常的に巡回して確認するのが現在でも主流となっており、多大な負担となっているのが現状です。その課題にLiLzは「LiLz Cam(低消費電力IoTカメラ)」でアナログメーターを撮影し、「LiLz Gauge(AIクラウドサービス)」で複数のアナログメーターの値を自動で読み取る、という手法で解決に取り組んでいます。

今回は、LiLz創業時より出・融資による金融支援を担当した沖縄振興開発金融公庫の宮崎さん、ドーガン・ベータ林と共に、代表取締役社長の大西さんに会社設立から今後のビジョンについて聞いてきました。

大西 敬吾(おおにし けいご)
LiLz株式会社 代表取締役社長
1997年広島大学大学院工学研究科(第一類)修了。広島在のITベンチャーに就職し、エンジニアとして、工場やデジタル家電向けのGUI開発環境の立ち上げに貢献。その後、沖縄に移住し、県内IT企業の株式会社レキサスにてプロダクトマネージャーとしてウェアラブルデバイスの開発に携わった後、同社よりカーブアウトする形でLiLz株式会社を設立。
宮崎泰輔(みやざき たいすけ)
沖縄振興開発金融公庫 上席調査役
平成15年沖縄振興開発金融公庫に入庫。支店勤務、信用リスク管理等間接部門勤務、日本政策金融公庫バンコク駐在員事務所出向を経験。平成30年からスタートアップを含む創業融資部門を経て、令和3年から現在までスタートアップ向けの出融資に携わっている。
林 龍平(はやし りょうへい)
株式会社ドーガン・ベータ 代表取締役パートナー
住友銀行・シティバンクを経て2005年よりドーガンで地域特化型ベンチャーキャピタルの立ち上げに携わり、累計5本・総額50億円超のファンドを運営。2017年にドーガンよりVC部門を分社化したドーガン・ベータ設立し代表就任。2019年より日本ベンチャーキャピタル協会 理事 地方創生部会長を務める。

レキサスからのカーブアウト

── 沖縄発スタートアップであるLiLzですが、大西さんは沖縄出身ではないんですね。

 大西:はい。出身地である広島のベンチャー企業で製造業向けのソフトウェアプロダクト開発の仕事をしていましたが、沖縄に移住したのは、東日本大震災がきっかけでした。

当時子供はいなかったのですが、安全な環境で子育てしたかったこと・両親の子育て支援を期待して、私の地元の愛媛か、妻の地元の沖縄の2択で沖縄を選び、2012年1月に沖縄に移住してきました。

── では本人にとっては全く縁のない土地だったと。

大西:そうなんです。つては全くなかったので、プロダクト開発等自分の経験を活かせる会社を片っ端からあたっていました。そんな時レキサスと出会い、比屋根隆社長が掲げている「2030年までに2,000億円規模、沖縄基地経済と同規模事業群を創造する」というビジョンに強く心を打たれ、入社に至りました。

── レキサスにはどのようなポジションで採用されたのでしょうか。やはりエンジニアとしてですか。

大西:レキサスでは、比屋根社長の下に従業員がフラットに配置されていて、プロダクトの進捗を管理できる人がまだいなかったんです。そのため、マネージャー(中間管理職)として採用してもらいました。

入社当時、同社はデータセンター事業・ASP(アプリケーションサービスプロバイダ)開発事業・システム受託開発事業の3本柱で事業を行っており、ASP開発事業が安定した売上を計上していました。ですが社内では自社プロダクト開発もやっていきたいという方針がありまして。そこで受託開発のマネージャー業務と並行して、新規プロダクト開発部門も任されました。

── はじめから新規プロダクト開発にフルコミット、という感じではなかったんですね。

 大西:そうですね。受託事業の方できちんと成果を上げつつ、プロダクト開発できるメンバーを増やすことがまず有って、その上で残ったリソースを新規事業開発に充てるイメージです。新規事業開発には後のLiLzの立ち上げメンバーも含めて数人のメンバーがアサインされて、色んなアイデアを試しました。

例えばある時期、ペット向けウェアラブルデバイスを開発したことがあるのですが、別の課題解決のために先行で提供していたSaaSと安易に連携したために、提供されるユーザー体験にブレが出てしまったり。あとはハードウェアの製作を海外に委託したのですが、要求が甘く、ペットに装着するのには大き過ぎるものが出来てしまったり。結局販売面でも準備が十分でなく、立ち上がりで十数台と全く売れませんでした(笑)

── そんな状態がどれくらい続いたのでしょうか。

 大西:だいたい5年くらいでしょうか。新規事業を進めつつ、全部門の企画力・設計力・運営力の向上も取り組んでいました。

そんな中、社内方針で事業を加速させるために、一度組織再編をしようということになり、我々新規事業開発チームの一部メンバーでLiLzを創業。後から、人材育成事業とデータセンター事業が続けて独立しました。

なお、私と一緒についてきてくれた設立時メンバー5名のうち4名は、今も当社に在籍しており(大西氏、クバ氏、西銘氏、大塚氏)、当初から専門性の高い良いメンバーでスタートできたことは非常に運が良かったですね。設立時の段階で既に数年一緒にやっているメンバーもいて、強固な関係性がありましたし。

当初は大反対にあったカメラ開発

── ではカーブアウトは大西さんにとっては突然の出来事だったんですね。

 大西:そうなんです。独立した瞬間から、自身で資金調達したりレバレッジを効かせて事業立ち上げに取り組まなくてはいけない立場となりました。いかにチームのスキルが活きる ”顧客の抱えるいい課題” を見つけ出すかを意識しながら、早期にプロダクトアウトの企業にシフトするという目標を立てました。

── もう後がなくなったような、そんな感覚ですね

 大西:とにかく必死になって、解決する明確な課題を見つけるべく様々なアクセラレーションプログラムを受けました。そんな中、高砂熱学工業さんのアクセラレーションプログラムを受けた時に、現場の人からポロっと「目視点検の負担が大きい」という課題が出てきて、この課題解決に取り組もうということになったんです。

── なるほど。今のプロダクトが近づいてきました。

 大西:それがここから意外な展開がありまして(笑)

議論を積み重ねているうちに、アナログメーター値読み取りAIサービスであるLiLz Gaugeの構想が固まり、アナログメーター撮影にカメラが必要ということになったのですが、自社でカメラ製作することについては私を除くチーム全員に、「AIに強い会社が、高いリスクを取ってまでハードを作る理由がわからない」、「そんなカメラは絶対に世の中にある」といって大反対されました。

ただ、私が独自に深掘りしていく中では、大手が同じテーマでカメラとAIのセット商品を販売はしているものの非常に高額であったり、AIは作ったけどカメラは別会社から購入のような内容が多かったです。一方で、大手がサービス提供しているということは、マーケットリサーチは行われていて市場の存在はある程度担保されている、という確信を持ちました。

また、ハード×ソフトの掛け算の結果がユーザーへの価値であり、どちらかがゼロだとゼロにしかならず、両方をしっかり創り上げていかなければ意味がない、ということを過去の失敗から学んでいたので、その経験からも、カメラを自社開発すべきだと信じていました。

林:学びが生かされた格好ですね。

大西:「あくまで試作品だから」とメンバーに説明し、夜な夜な一人でカメラ試作品のテストをしたりして進めていったんです。量産直前まで進めて完成したものを机に置いておいたところ、一転してこれは良いとメンバー全員が納得し、量産化するに至りました(笑)

── 設計だけでなく製造も大きなチャレンジに思えます。

 大西:それはそれは大変でした。現在、製造委託しているBraveridgeの小橋泰成社長(当時CTO)とはペットデバイスの開発の時からの付き合いがあり、カメラ製造にあたっても試作当時から相談をしていました。僕らとしては、高解像度のカメラが欲しかったのですが、小橋さんからは「求めている高解像度カメラはパソコンを作るようなもので、ファーム側がとても大変だよ」と当初反対されました。

ただ、前職で、プロダクトで少しでも妥協してしまうとユーザーに価値を十分提供できないことを実感していたため、顧客ニーズ等を徹底的に集めて、小橋社長に理詰めで高解像度カメラの必要性を説明・納得してもらい、現在のLiLz Camを生み出すことができました。そういう意味でも、徹底的な現場主義から生まれたプロダクトです。

沖縄からの資金調達

── 量産体制に踏み切る際に資金調達が必要だったと思いますが、沖縄振興開発金融公庫(以下、「沖縄公庫」)とはそのころからの付き合いですか。

 大西:周りの人の勧めもあり、最初に沖縄公庫に相談した記憶があります。

 宮崎:2019年5月に高砂熱学工業の子会社で保守メンテナンス事業を行っているTMESへの納入が決まり、事業化の目途が立ったということで、ご相談を頂きました。その後数値計画などの書面類審査や、Braveridgeさんの工場の現地視察、高砂熱学工業さんへのヒアリングなどを行い、融資を決定しました。

── 沖縄公庫さんも現場主義ですね(笑)

宮崎:沖縄公庫ではスタートアップ向け融資も積極的に行っていますが、製造委託先の現場確認などはしっかり行いました。

その後の追加融資に加え、2回の出資を行っています。出資はドーガン・ベータさんとの協調出資ですね。

林:大西さんと僕が最初にお会いしたのはカーブアウト後の2018年、KVM(九州・山口ベンチャーマーケット)で見事優勝をされたタイミングでした。審査員として、これまでになかった発想で遠隔点検の課題を解決するアプローチや、なにより少数ながら優秀な開発メンバーを取り揃えたチーム構成に、こんなスタートアップが沖縄にあったのか…! という衝撃を受けたことをよく覚えています。

そこから、沖縄公庫さんからの融資で事業を推進させ、最初のエクイティ調達のタイミングで出資のご相談をいただきました。沖縄公庫さんから融資を受けた経験もあったからか、出資検討の資料については数値計画もしっかり出来上がっていて流石だなと思った記憶があります。沖縄公庫さんからの支援があるというのは、そういう面でもプラスだと思います。

大西:エクイティの資金調達については、会社設立まで経験したこともなく、右も左も分かりませんでした。当時の沖縄ではVCからの資金調達を経験した人も近くにおらず、オンラインの講義などで資本政策とは何かというところから学びました。ただ、プロダクト開発も並行して行っていて、とにかく必死に駆け抜けてきたので、実はほとんど記憶がありません(笑)

林:今ではもう少し、沖縄のスタートアップエコシステムが成熟しているイメージはありますが、横の繋がりがあったりしますか?

大西:プロダクト開発や海外対応で多忙だったため、イベント参加もできておらず、横の繋がりはほとんどないんですよね。ただ、以前より交流のあるAlpaca.Labの棚原さんとは定期的に足元の状況や組織運営等について情報交換をしたりなどお互い切磋拓磨しています。

林:切磋拓磨するのはグロースするのにすごくいいことだし、沖縄でもっとLiLzのようないい会社が増え、スタートアップ人材のエコシステムみたいなものができてくることを期待しています。

また、現在(2023年12月時点)ドーガン・ベータでは沖縄公庫から半年間の研修出向者を受け入れており、来て頂いている方には、VCがどのようにハブの役割を果たしているのかなどを背中で伝えているつもりです。

彼が沖縄公庫に戻った後に、研修を通して得られた経験を沖縄の起業家に伝えたり、起業家同士を繋げる役割を担ってくれることを期待しています。

宮崎:沖縄では2022年末には「おきなわスタートアップエコシステム・コンソーシアム」が発足するなどスタートアップに関するナレッジ共有の場は増えてきていますが、スタートアップ育成に向けては、LiLzやドーガン・ベータさんにも引き続きお力添えいただきたいと思います。

林:沖縄でイベントもやりましょう!

採用を焦らず最高のチームを

── LiLzの話に戻しましょう。2023年の春には、シリーズBで約5.9億円の資金調達を行いました。

大西:事業の成長と可能性について評価いただき、”機械学習とIoTの技術融合で、現場の仕事をラクにする” というミッションに共感してくださるパートナーが増えました。人員も増員し、さらに事業を加速していくための資金調達です。

林:シリーズBの直前では、従業員9人と少数精鋭ですよね。

大西:周りからは、採用は難しいから増やせる時に増やしたほうがいい、とさんざん言われましたが、理念や思いに共鳴できる人じゃないと意味がないと考えていて、慎重に採用を行っています。ただ、株主さんからの助力もあり、海外展開担当、CFO、メカ設計もできるPM(プロジェクトマネージャー)、長年大手メーカーで勤務してきた品質保証・製品コンプライアンスのメンバーが採用できて、いい流れができていると思います。現在メンバーは15人にまで増えました。

林:地方スタートアップは採用に苦労するという通説もありますが、沖縄発のスタートアップでありながら、非常にいいメンバーを採用できていますよね。

大西:そうですね、沖縄というキーワードはつかみはOKということで、興味を持っていただきやすいです。

外部から見ると、今、採用は順調に見えていると思いますが、採用活動当初は100名面談しても1名も採用に至らないこともあり、メンバーで絶望的な感覚を味わっていた時期もあります。興味は持ってもらえるけど採用できないということが続いたため、知り合いのスタートアップにいろいろアドバイスもらって、みんなで自社のことを記事を書いてみよう!となりました。noteで記事を書き始めてから、不思議とご縁のある方と会えることが増えてきました。実際、転職者にも読んでもらえるのですが、エージェントも読みます。エージェントがよりLiLzに合う方を紹介してくれるようになったことも好転した要因だと思います。

記事でも書いている20%ルールなども、とってつけたようなルールというよりは、創業時から自然に根付いていた学習スタイルを明文化しています。OIST出身のアカデミックなメンバーが共同創業者に2名もいたというのも大きかったと思いますが、このようなテーマを事前に詳しく記事にしておくことで共感してくれる方が増え、沖縄というキーワードで興味を持つだけでなく、本当に共感して参画してくれる人が増えたように思います。

スタートアップに20%ルールって必要?|大西 敬吾(LiLz CEO | IoT・AI)
こんにちは。大西です。最近チームメンバーが少しずつ増えて来て11名体制になりました。創業者の観点からは嬉しい反面、また新たな人生を背負うという責任も感じるというのは私だけではないと思います。でも、やっぱり嬉しいですね。 さて、リルズは、創業時からいわゆる20%ルールを適用しています。業務の中の20%は直接業務に関係な...

── チームもより大きくより強固になってきて、飛躍の1年になりそうです。今後の展開について教えてください。

大西:2024年は、海外展開・新商品リリースの2つを進めていきたいと考えています。

海外展開では国ごとのレギュレーションが多く非常にきつい思いをしていますが、先人達も同じように乗り越えてきたのだと思うと、なんとしても突破したいです。

また、新商品については、防爆対応カメラの開発を進めています。ただ、海外展開と同様に強いレギュレーションがあるんですが、それを超えて商品がリリースできるとまた新しいマーケットが開けますし、必死に開発を進めています。

林:ロボットカメラやドローンカメラなど、情報を集める機器が多様化してきている中、LiLzのAI技術を使えばもっと価値を提供できるようになると思います。

大西:なので、コンセプトとして五感プラットフォームという言い方をしています。目だけではなく、耳・匂い等まで情報取得の対象を広げていきたいと考えているし、その第一弾として昨年はサーモグラフィ(温度)カメラをリリースしました。さらに今後はアナログメーターだけでなく状態変化を捉える「異常検知」も手掛けていきたいです。このように現場の持つ日常点検課題を全て解決してはじめて、本当の意味での「省力化」だと言えると思うので、もっと顧客の情報に耳を傾けながら事業展開していこうと思っています。

林:社名に込められた「ライフロングイノベーション」にあるように、チャレンジをし続け、様々なユーザー体験を与えられる会社になるよう願っています。

インタビュアー後記今回のインタビューで一番新鮮だったのは、2018年の大西さんとの最初の出会いに至るまでの過程です。意図せず親会社の新規事業部門からカーブアウトすることになり、受託開発を進めながら様々なアクセラレーターに参加、試行錯誤の末にたどり着いたプロダクトがLiLz Camである、というお話です。なかでも、当初はLiLz Camの発想が大西さん以外の創業メンバーには受け入れられず、猛反対を受けながらも試作を繰り返し、完成品を見た瞬間に「これはいける」とメンバー全員のスイッチが入った、という話は将来伝説になるんじゃないかなと思っています。

最後に、沖縄発スタートアップとして独特の企業文化を育んでいるLiLzさんのチームについてもご紹介させてください。僕たちもいろいろなスタートアップの成長モデルを見てきましたが、LiLzさんのようにチームのカルチャーを大事にしながら、少数ながらも能力面・性格面などあらゆる要素でチームにフィットする人材だけを採用し、お互いの役割を尊重しながら課題解決に取り組むという文化は、極めてユニークです。結果的に、国籍・性別・世代など多様性あふれるチームが沖縄に生まれており、地方発スタートアップにおけるチームビルディングのひとつの解がここにあるんじゃないかなと思います。そんなLiLzの、多様性あるチームで世界中の現場課題解決という大きなチャレンジを楽しむ文化がにじみ出ている、僕も大好きなnoteをご紹介させていただきます。https://note.lilz.jp/ 

 

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